内定者研修で最初に決めるのは、内容ではありません。参加を義務づけるかどうかです。義務づけるかどうかで、賃金の支払い義務が分かれます。厚生労働省のガイドラインは、参加が業務上義務づけられている研修の受講時間を労働時間として扱うと明記しています。任意のつもりで案内していても、実態として断りづらい設計であれば労働時間と評価されることがあります。
もうひとつ、内定者研修に期待できる範囲も先に決めておく必要があります。内定者研修は内定辞退の対策としてよく語られますが、効くのは内定承諾を済ませた学生に対してだけです。承諾前に離れていく学生には研修の案内すら届きません。内定者研修が守れるのは、承諾したあとの期間だけだと割り切って設計します。
内定者研修の設計と並行して、そもそもの母集団と選考プロセスを見直したい場合は、ABABAまるわかり資料で選考段階のチェック項目を確認できます。
内定者研修とは、内定者が入社前に受ける教育と交流の総称
内定者研修は、内定を出した学生が入社日を迎えるまでの期間に、企業が実施する教育と交流の取り組みをまとめた呼び方です。法律上の定義はありません。ビジネスマナーの習得、業務に必要な知識の予習、同期どうしの関係づくり、配属先の理解といった内容が入ります。
法律上の定義がないということは、企業ごとに中身も位置づけも変えられるということです。逆に言えば、目的を決めないまま前年の内容をなぞると、何のために集めているのか説明できない研修になります。
内定者研修を実施する時期
内定者研修を始める時期は、多くの企業が正式な内定日である10月1日以降です。政府の要請で、卒業・修了年度の10月1日以降が正式な内定日とされているためです(内定式の設計で詳しく整理しています)。
実施のパターンは大きく3つに分かれます。10月から12月にかけて月1回程度の交流と会社理解を置き、1月から3月にかけて実務寄りの内容を集める設計。冬休みと春休みの長期休暇にまとめて実施する設計。そして入社直前の3月に集中させる設計です。学業への影響を抑えるなら、平日の日中を避けられる長期休暇に寄せるのが現実的です。
入社前研修との呼び分け
入社前研修という言い方も使われます。指す範囲はほぼ同じで、内定者研修が内定者という立場に軸を置いた呼び方、入社前研修が入社という時点に軸を置いた呼び方という違いにとどまります。社内文書で両方が混在していると、対象者や実施時期の認識がずれます。どちらかに統一しておくほうが運用は楽です。
内定者研修に賃金は発生するか
内定者研修は、参加が業務上義務づけられている場合はその時間が労働時間となり、賃金の支払いが必要です。任意参加で、欠席しても不利益がない運用であれば、労働時間には当たりません。
労働時間になるかどうかの判断基準
内定者研修が労働時間になるかどうかの判断基準は、厚生労働省のガイドラインが示しています。「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)は、労働時間を次のように定めています。
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
そのうえで、労働時間として扱わなければならない時間の例に、研修が名指しで挙がっています。
参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
(出典: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)
実務でいちばん重要なのは、同ガイドラインが続けて示している次の一文です。
なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。
つまり、案内文に「任意参加です」と書いてあることは決め手になりません。判断されるのは実態です。労働時間の考え方については最高裁も、使用者の指揮命令下に置かれたと評価できるかどうかで客観的に定まるとしています。
労働時間と評価された場合に発生する義務は、労働基準法に定めがあります。賃金は第24条で全額を通貨で直接支払うこと、労働時間の上限は第32条、時間外や休日の割増賃金は第37条が根拠です。研修の実施時間が法定労働時間を超える設計になっていないかも、あわせて確認します。
実務での線引き早見表
自社の内定者研修が任意参加と労働時間のどちらに寄っているかは、次の5項目で確認できます。
| 確認項目 | 任意参加といえる運用 | 労働時間と評価されやすい運用 |
|---|---|---|
| 案内の書きぶり | 参加しない選択肢を明記している | 日程だけを通知し、参加を前提にしている |
| 欠席時の扱い | 欠席理由を問わない。記録も残さない | 欠席理由の提出を求める。人事評価や配属の判断材料にする |
| 内容 | 会社紹介、交流、任意の自己学習 | 入社後の業務に直結する実務訓練、課題の提出義務 |
| 課題・提出物 | 提出しなくても支障がない | 提出期限があり、未提出者に督促する |
| 参加者の実感 | 断っても関係が悪くならないと感じられる | 断ると内定に影響しそうだと感じさせる |
「労働時間と評価されやすい運用」にひとつでも当てはまるなら、賃金の支払いを前提に設計し直すか、運用を「任意参加といえる運用」の側に寄せるかを決める必要があります。どちらとも言えないまま内定者研修を走らせるのが、いちばん危険です。
内定者研修への参加を義務づけられるか
内定者研修への参加を義務づけること自体はできます。ただし義務づけると、その時間は労働時間として賃金の支払いが必要になり、労働時間の記録も残さなければなりません。
採用内定は、判例上、入社日を始期とし、一定の事由がある場合に解約できる権利を企業側が留保した労働契約と解されています。契約は成立していますが、就労が始まるのは入社日からです。内定と内々定の違いは内定とは何か、内々定との違いで整理しています。
現実的な設計は次の2つです。ひとつは、参加を任意にして、欠席者に不利益がないことを案内文と社内ルールの両方に明記する方法。もうひとつは、義務づけたうえで賃金を支払い、労働時間として記録する方法です。学業への配慮という観点では前者が無難ですが、実務直結の内容を確実に届けたいなら後者を選ぶ判断もあります。
避けるべきは、任意と案内しながら欠席者を把握して配属や評価に反映する運用です。実態が義務であれば、案内文の記載にかかわらず労働時間と評価されます。
内定者研修で内定辞退は防げるのか
内定者研修で防げる辞退と防げない辞退があります。境目は内定承諾です。この2つを分けずに「辞退防止のために研修をやる」と決めると、効果が出ないまま予算だけが積み上がります。
承諾前の辞退には届かない
内定者研修が届くのは、内定を承諾した学生だけです。内定は出したものの承諾に至らなかった学生は、そもそも研修の案内対象になりません。
ABABAの実績では、内定通知後に承諾した学生の割合は62.4%(26卒)でした。裏を返せば、内定を出した相手の一定数は承諾の段階で離れています。この層に効くのは内定者研修ではなく、選考中の接点の設計と意思決定のスピードです。承諾までの時間が延びるほど、学生が他社の選考結果を待つ余地は広がります。
新卒採用の後半戦で選考スピードを上げた例として、ギークス株式会社では7月後半に送ったスカウトから8月上旬には内定承諾に至っています。同社は選考途中の辞退と内定承諾後の辞退を課題に挙げていましたが、最終選考まで進んだ経験のある学生に絞ってアプローチした結果、担当者は「選考を辞退する学生は比較的少なかった」と述べています(出典: ABABA導入事例 ギークス株式会社)。
承諾後の維持には効く
一方で、内定承諾を得たあとに辞退が出るのも事実です。ABABAの実績では、内定承諾後に辞退した割合は15.13%(25卒)でした。承諾を得た学生のうち、およそ6〜7人に1人が入社前に離れている計算になります。
承諾後に離れるこの層に対しては、内定者研修と内定者フォローの具体例にあるような継続的な接点が効きます。承諾から入社まで半年前後の空白があり、その間に他社からの接触や親族との相談が起きるためです。内定者研修は、この空白を埋める手段のひとつとして位置づけると効果を測りやすくなります。
まとめると、内定者研修は承諾後の維持装置です。承諾前の辞退を減らしたいなら、手をつける場所は選考プロセスのほうです。
内定者研修の内容を決める順番
内定者研修の内容は、目的、ゴール、内容の順で決めます。内容から決めると、前年の踏襲か外部プログラムの寄せ集めになります。
目的は、次の4つのうちどれを主にするかで選びます。4つを並べると1回あたりの時間が足りなくなるので、主目的はひとつに絞ります。
| 主目的 | 置く内容 | 効果を測る指標 |
|---|---|---|
| 入社前の不安を減らす | 先輩社員との座談会、配属先の説明、勤務地や住まいの情報提供 | 入社までの辞退件数、面談での不安の申告数 |
| 同期の関係をつくる | グループワーク、懇親の場、共同課題 | 参加継続率、入社後3か月の相談相手の有無 |
| 実務の立ち上がりを早める | 業務知識の予習、資格取得支援、ツールの操作研修 | 入社後の初期研修の短縮日数 |
| 学生から社会人への切り替え | ビジネスマナー、報連相、就業規則の説明 | 入社後1か月の指導工数 |
年間の並べ方は内定者フォローの年間スケジュールを土台にすると組みやすくなります。
内定者研修をやらないという判断も設計のうちです。内定者が10名に満たない年は、集合研修より個別面談のほうが効果が出やすくなります。人数が少ないと同期の関係づくりという目的が成立しにくく、集合形式のコストだけが残るためです。
内定者研修の費用をどう見積もるか
内定者研修の費用を外部プログラムの利用料だけで見積もると、実際の支出が2倍近くになることがあります。見落としやすいのは社内の工数と内定者の交通費です。
費用の構成要素
内定者研修の費用は、次の6つに分解できます。
| 構成要素 | 内訳 | 見積もりの単位 |
|---|---|---|
| 企画・運営工数 | 人事担当者の企画、案内、当日運営、振り返り | 担当者の時間単価×投入時間 |
| 講師 | 社内講師の稼働、または外部講師の登壇料 | 社内は時間単価×人数×時間。外部は1回あたりの単価 |
| 会場・ツール | 会議室、オンライン会議ツール、eラーニングの利用料 | 対面は1回あたり。eラーニングは1人あたりの年額または月額 |
| 教材 | テキスト、書籍、ワークシート、事前配布物 | 1人あたり |
| 内定者の交通費 | 会場までの往復、遠方者の宿泊 | 1人1回あたり×回数 |
| 賃金 | 参加を義務づける場合に発生 | 時給換算×時間×人数 |
6つのうち賃金だけは、参加を任意にするか義務にするかで有無が変わります。任意か義務かが費用の分岐点になるので、予算を組む前に決めておきます。
内製と外注の判断軸
内定者研修を外注すべきなのは、次の3つのいずれかに当てはまるときです。
社内に教えられる人がいない内容を扱う場合。たとえば業界共通のビジネスマナーや資格対策は、社内で教材から作るより外部プログラムを使うほうが安く済みます。内定者が地理的に散らばっていて対面での集合が難しい場合も、eラーニングのほうが1人あたりの単価を抑えられます。そして人事の人数が少なく、企画と運営に割ける時間がない場合です。
逆に内製すべきなのは、自社の事業内容、配属先の実態、社内の人間関係にかかわる部分です。この3つは外部に委託しても薄い内容にしかなりません。内定者が知りたいのは業界一般の話ではなく、自分が入る会社のことです。
内定者研修の見積もりは、前掲の6つの費目に自社の数字を入れて内定者1人あたりの金額を出し、採用単価と並べて判断します。1人あたりの研修費が採用単価の1割を超えるようであれば、内容と回数を見直す目安になります。
内定者研修の効果をどう測るか
内定者研修の効果を出席率で測ると、実態が見えません。全員が出席していても入社前に辞退が出ることはありますし、任意参加なら出席率が低いこと自体は問題ではないためです。
内定者研修で見るべき指標は、次の3つです。
1つめは、内定承諾から入社までの辞退率です。この辞退率が内定者研修の直接の担当範囲になります。前年と比べるときは、承諾者数が変わっている前提で、件数ではなく率で見ます
2つめは、入社日時点での配属先理解です。入社直前に簡単な確認をして、配属先の業務内容と勤務地を正しく説明できるかを見ます。配属先の理解が曖昧なまま入社すると、入社後のギャップにつながります。
3つめは、1年目の離職率です。厚生労働省の調査では、令和4年3月に卒業した新規大卒就職者の1年目までの離職率は12.0%、3年以内では33.8%でした(出典: 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」)。自社の1年目離職率をこの水準と並べると、内定者研修から入社後の受け入れまでを含めた設計が機能しているかの目安になります。詳しくは採用後のミスマッチが起こる理由で扱っています。
内定者研修に関するよくある質問
内定者研修は違法ですか?
内定者研修そのものは違法ではありません。問題になるのは、参加を義務づけながら賃金を支払わない運用です。厚生労働省のガイドラインは、参加することが業務上義務づけられている研修の受講時間を労働時間として扱うよう求めています。任意参加として案内していても、欠席者に不利益がある実態であれば労働時間と評価されることがあります。
内定者研修で何をするのでしょうか?
内定者研修で扱うのは、会社と事業の理解、配属先の説明、ビジネスマナーの習得、同期との関係づくり、業務知識の予習が中心です。どれを主にするかは目的によって変わります。目的を決めずに複数を詰め込むと、1回あたりの時間が足りず、どれも中途半端になります。
内定者研修の費用はどのくらいかかりますか?
内定者研修の費用は、外部プログラムの利用料に加えて、人事の企画運営工数、講師の稼働、会場やツール、教材、内定者の交通費、そして参加を義務づける場合の賃金がかかります。内定者1人あたりの金額に換算し、採用単価と並べて妥当性を判断するのが実務的です。
内定者研修はいつ実施すればよいですか?
内定者研修は、正式な内定日である10月1日以降に始めるのが一般的です。学業への影響を抑えるなら、冬休みと春休みの長期休暇に寄せます。入社直前の3月に集中させると、内定承諾から入社までの空白期間が長く残るため、辞退の防止という目的には向きません。
内定者研修は、承諾を得たあとの学生をつなぎとめる手段です。承諾に至る前の辞退を減らしたいなら、見直す場所は選考プロセスと母集団のつくり方になります。他社の最終面接まで進んだ学生に直接アプローチする方法を含め、選考段階の打ち手はABABAまるわかり資料にまとめています。


