ロボットも、故障すれば「ボロット」。

修理しても直らなければ、いよいよ「ボロボロット」です。
冗談はさておき、どれほど最新鋭のAIや自動化システムを導入しても、定期的な点検や更新、適切な運用がなければ、やがて動きは鈍くなり、現場の役に立たなくなります。
導入した瞬間が、完成ではありません。
導入した瞬間から、劣化が始まるのです。
これは機械だけの話ではありません。組織や人事制度も、まったく同じです。
ジョブ型人事制度、スキルベース組織、タレントマーケットプレイス、1on1、エンゲージメントサーベイ、サクセッションプラン、キャリア自律支援。どれも導入当初は、新しい時代を切り拓く画期的な仕組みとして注目されます。
経営トップが記者会見で語り、人事部が説明会を開き、コンサルタントが美しい概念図を描きます。新しいシステムも導入され、社員には分厚いマニュアルが配られます。
しかし、制度をつくっただけでは、組織は変わりません。
むしろ、本当の勝負は制度を導入した翌日から始まります。
現場が制度の目的を理解していない。
管理職の運用能力が追いついていない。
評価基準が仕事の実態とずれている。
上司と部下の対話が儀式になっている。
異動や昇進の意思決定が、以前の慣行に戻っている。
システムへの入力そのものが目的になっている。
こうした小さな不具合を放置しているうちに、最新だった制度は少しずつ錆びつき、やがて誰も本気で使わない仕組みへと変わっていきます。
制度は残っている。
会議も実施されている。
システムへの入力も行われている。
報告書には「運用中」と書かれている。
それでも、組織の行動は何も変わっていない。
これが「制度のボロボロット化」です。
たとえば、ジョブ型人事制度を導入したにもかかわらず、実際の異動は従来どおりの一斉ローテーションで決まる。ジョブディスクリプションを整備しても、上司が部下に命じる仕事は、そこに書かれていないものばかりです。
スキルベース組織を掲げながら、社員のスキル情報が更新されない。本人が入力したスキルを、上司も人事も確認していない。数年前に取得した資格が、そのまま現在の能力として登録されています。
タレントマーケットプレイスを導入しても、上司が優秀な部下を手放さない。社員が手を挙げても、現在の所属部門の都合が優先される。社内公募という入口はできても、人材を送り出す文化がなければ、人材は動きません。
1on1を導入しても、上司が一方的に業務の進捗を確認する。部下のための対話であったはずが、いつの間にか上司のための管理面談になります。1on1は、やがて「1Way」へと変質します。
エンゲージメントサーベイを毎年実施しても、結果を眺めるだけで終わる。スコアの低い部門に改善を求めても、なぜ低くなったのかという構造的な原因には踏み込みません。翌年には、再び同じ質問を社員に投げかけます。
社員からすれば、「答えても何も変わらない調査」です。
制度の名称は新しくても、運用している人の意識や、組織の意思決定の仕方が古いままであれば、新制度は旧制度の上に載せられた飾りにすぎません。
最新鋭のエンジンを積んでも、運転方法が変わらなければ、車は同じ道を走り続けます。
日本企業は、新しい制度を導入することには熱心です。しかし、導入後の保守、点検、修理には、意外なほど関心を払いません。
経営会議では「何を導入するか」が議論されても、「導入した制度が本当に機能しているか」「どこを修理するか」「いつ廃止するか」「誰が運用責任を負うか」は、あまり議論されません。
制度導入には予算がつきます。
システム導入にも予算がつきます。
外部コンサルタントへの委託にも予算がつきます。
ところが、導入後の地道なメンテナンスには、十分な人員も時間も配置されません。
新しい制度をつくることは、変革として評価されます。一方、既存制度を点検し、細かな不具合を直す仕事は、目立ちません。社内表彰の対象にもなりにくく、経営者への説明にも華やかさがありません。
そのため、人事部門は古い制度を修理するより、新しい制度を導入したくなります。
すると、古い制度を残したまま、新しい制度が上から継ぎ足されていきます。制度は増え、評価項目は増え、入力項目は増え、会議は増えます。しかし、現場の納得感と生産性は上がりません。
社員は、似たような情報を複数のシステムに入力します。
管理職は、面談よりも面談記録の作成に時間を使います。
人事部は、制度の目的よりも運用日程の管理に追われます。
やがて制度は、人と組織を支援する仕組みではなく、制度そのものを維持するための仕組みになっていきます。
これは技術的負債ならぬ「制度的負債」です。
最初は合理的だったルールも、事業環境や働き方が変われば、現場を縛る負債になります。それでも、一度導入した制度は簡単には廃止されません。
制度をつくった人の顔を潰せない。
労働組合との協議をやり直すのが大変である。
システム改修に費用がかかる。
廃止したときの影響を説明できない。
こうした事情が重なり、制度は機能を失っても生き残ります。
ロボットなら、動かなくなれば故障だと分かります。警告ランプが点灯し、異音がして、場合によっては煙が出ます。
しかし、人事制度には警告ランプがありません。
壊れても煙を出さず、異音も発しません。
社員の諦め。
管理職の形だけの運用。
会議で発言しなくなる現場。
社内公募に応募しなくなる若手。
成長機会を求めて去っていく優秀な人材。
そして、退職理由には書かれない静かな失望。
こうしたかたちで、目立たないまま故障が進行します。
社員が制度について何も言わなくなったとき、人事は「定着した」と判断しがちです。しかし、本当に定着したのか、それとも社員が諦めただけなのかは、慎重に見極めなければなりません。
苦情がないことは、正常に機能している証明ではありません。
機械の故障は停止として現れますが、組織の故障は沈黙として現れることがあります。
だからこそ、人事には制度を設計する力だけでなく、制度の異常を察知し、修理し、更新し、場合によっては廃棄する力が求められます。
制度の利用率だけを見ていてはいけません。
何件入力されたかだけを見てもいけません。
面談の実施率が100%だからといって、対話の質が高いとは限りません。
問うべきは、その制度によって社員の行動が変わったのか、管理職の意思決定が変わったのか、人材の流動性が高まったのか、事業の成果につながったのかということです。
制度の「稼働率」ではなく、「効能」を確かめる必要があります。
そして、メンテナンスとは、単に元の状態へ戻すことではありません。
環境の変化に合わせて、制度そのものをチューニングすることです。
事業戦略が変われば、必要な人材も変わります。
働く人の価値観が変われば、動機づけの方法も変わります。
テクノロジーが変われば、仕事の境界も変わります。
雇用期間が70歳まで延びれば、キャリアと処遇の設計も変わります。
昨日まで正常に動いていた制度が、今日も正常に機能する保証はありません。
人事制度は、一度完成させれば長く使える建造物ではありません。環境の変化に応じて代謝を続ける、生きた仕組みです。
それにもかかわらず、人事制度改革を「制度をつくって終了するプロジェクト」として扱えば、導入から数年後には必ず陳腐化します。
本来、人事制度改革に完成日はありません。
制度導入は、ゴールではなく、仮説の実装です。現場で運用し、結果を観察し、修正する。うまくいかなければ原因を探り、設計そのものを見直す。この循環があって初めて、制度は組織のなかで生き始めます。
最先端の仕組みを導入すること以上に大切なのは、いま動いている仕組みが、本当に人と組織を動かしているのかを問い続けることです。
人事制度は、完成品ではありません。
組織という生き物に合わせて、絶えず調整し続けるものです。
新しい制度を買う前に、いまある制度の音を聞いてみる。
どこかで異音がしていないでしょうか。
誰かが無理に動かしていないでしょうか。
入力することが目的になっていないでしょうか。
社員は制度を信頼しているでしょうか。
現場では、すでに別の運用が始まっていないでしょうか。
そして、かつて「変革の象徴」だった制度が、いまでは「変革を妨げる存在」になっていないでしょうか。
最新鋭のロボットを買い続ける組織よりも、一台のロボットを点検し、修理し、使い方を学び、環境に合わせて改良できる組織のほうが強いのです。
組織の実力は、新制度を導入した数では測れません。
導入した制度を、どれだけ機能させ続けられるか。
機能しなくなった制度を、どれだけ勇気を持って修理し、あるいは廃止できるか。
そこに、人事の本当の力量が表れます。
貴社の最新鋭の「ロボット」は、まだ本当に動いていますか。
それとも、いつの間にか「ボロット」になり、すでに「ボロボロット」へ向かってはいないでしょうか。
貴社の「組織と人事制度のメンテナンス」、最後に行ったのはいつですか。
2026年8月13日 著 楠田 祐
今日の一句
磨かねば
仕組みは錆びて
音もなく
人のこころは
遠ざかりゆく
出典・参考文献
経済産業省『人的資本経営の実現に向けた検討会報告書―人材版伊藤レポート2.0』2022年。
Bowen, D. E. & Ostroff, C. “Understanding HRM–Firm Performance Linkages: The Role of the ‘Strength’ of the HRM System.” Academy of Management Review, 2004.
Wright, P. M. & Nishii, L. H. “Strategic HRM and Organizational Behavior: Integrating Multiple Levels of Analysis.” Cornell University, 2007.
Trullen, J. et al. “The HR Department’s Contribution to Line Managers’ Effective Implementation of HR Practices.” Human Resource Management Journal, 2016.
Meyer, J. W. & Rowan, B. “Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony.” American Journal of Sociology, 1977.
Huebner, L. A. & Zacher, H. “Following Up on Employee Surveys: A Conceptual Framework and Systematic Review.” Frontiers in Psychology, 2021.
Cunningham, W. “The WyCash Portfolio Management System.” OOPSLA, 1992。「技術的負債」の原型となった論考。
ISO “ISO/IEC 42001:2023―AI Management Systems” 2023年。AI管理システムの維持・継続的改善を規定。
厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正―70歳までの就業機会確保」。
(ウェブ資料は2026年8月13日閲覧)
注:「ボロット」「ボロボロット」「制度のボロボロット化」「1Way」は、本稿における比喩的・風刺的表現です。
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vol4:「辞める理由」ではなく、「辞めない理由」を問うという発想の転換─ 古屋星斗著『あの若手はどうして辞めないのか』を読んで ─
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vol6:空気を読むAIは、空気を変えられるか 〜ChatGPTとGeminiが映し出す、AI時代のリーダーシップ〜
vol7:ロボットも、故障すれば「ボロット」。